雑記

親愛なる○○に捧げる

飲み~

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トレース問題については、トレースの善悪の是非よりも、「トレースに類することを一切やってないと言い切れるマンガ描きが、世の中にいったい何人くらいいるんだ」と言うような、自分の尺度の中でしか語れてなかったことに、なんか打ちのめされました。自己の正しさを盲信できる、なんらかの老化現象だな。上は写真を脇において目でトレースした結果、台座部分がひどく歪んだ。マジで、描いてるうちは歪んでることが分からないんだが、目でも悪いのだろうか…


今日は課の親睦会で、なんだかちゃんちゃら白けた飲み会でした。全員が楽しんでない、早く帰りたい雰囲気の強い、別に親睦を深めたくないような微妙な空気の中にいました。ムードメーカー不在です。

阪神大敗が拍車をかけます。場にいない嫌いな人バッシングなども折をみて行われます。

さて、「自分が存在する空間には敵を作らないように生きることを心がける」私マルメンライトとしては(っていうかそんなことはたいていの人が意識せずしているが)特定の「嫌いな人、認められない人」というのは作らず、とりあえず自分の価値と相手の価値を相対化してみて、比較的相手を持ち上げます。「自分と合わない人」といのはいたとして、それは多分「自分とあまり会わない人」になってきます。だから仮想敵として、中国反日主義とかニートとか漠然としたものが上がってくるんですけども。

したがって、特定の「嫌いな人」を最初から持っている人、あるいは必ず集団の中に「嫌いな人」を作る人、っていうのはどうも良く分からんなりに大過なく暮らしてます。

ただなんかの本で、「嫌いな人、認められない人がいるということは、一生懸命生きている証拠である」というのを読んで、ああそうなのかと思った次第です。

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