雑記

親愛なる○○に捧げる

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みんな!ちょっとこれ読んでみなさい!

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※文書は平成17年6月某日、某市年金窓口に提出されたもの

某日、30代くらいの男性が窓口を訪れた。男は全く尋常ではない様子の男である。音漏れする大型ヘッドホンにニット帽(初夏だ)、牛乳瓶メガネに真っ黒に日焼けしている。ラッパーでなし、ヒキオタでなし、どうにもアンバランスである。嘱託の窓口係が受け付ける。
マルメンライトはその時「若年者納付猶予」というニート対策の仕事をしていた。身内にニートが居るとそういう星回りになるのも頷ける思いだった。
窓口でスットンキョーな声が上がる。その男である。役所では、別にありふれた光景だが、本当に忙しい人と巻き込まれたくない人以外は、背伸びしてその光景を覗くのだ。私は巻き込まれたくない派である。

悪い予感が当たる。
困惑した嘱託さん「…あの…マルメンさん…」
さらに困惑顔のマルメン「あ・・・はい・・・」

そこからむこう1時間近く、この男と私の間で不毛なやり取りが続いた。
とりあえず、私は障害者年金係なので、こういう時にスケープゴートとして呼ばれる。とりわけ精神の障害者は、本人が来るともめることが多い。しんどい仕事だ。いつもアイスホッケーのスティックを持ってくる人も居る。それを死神の鎌みたいに構えている。たいがいの場合、本人は正常なつもりで居るので、この場合「精神の障害者」でない。「客」である。医療の限界ではあるが、そうしたものである。

客とのやり取りに関して、個人情報に当たるので大して説明することが出来ないが、突然この男が紙とペンを要求したので、渡してみるとこれを書いて渡した。ここで、もう一度文書を見ていただきたい。

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これをご覧の皆さんは、「ある程度こういった内容の話が進み、(我々の怠慢などに)業を煮やした男がこれを書いて渡した」と思われるかも知れない。

真相は全く違う!この文書は書かれている内容と何ら脈絡の無い話をしている最中に、突然書かれたものなのである!具体的に言うと、先住所地での戸籍の説明をしていた。皆さんは、たった今2人で世間話をしている最中に突然、相手が話を断ち切って文をしたため始める、という経験がおありだろうか?私は男が文書に向かっている間、男がテーブルに置いたヘッドホンから大音量で音漏れする音楽を呆然と聞いていた。

男はある程度騒いだあと帰ったが、文書はその場に残された。私が持ち帰った次第である。


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私は文学部卒である。
川柳を専攻していた。5・7・5の文体にはリズムがある。
始まりと終わりは、長い文章においても、文章の大部分を決定してみせる。

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全く、秀逸としか言いようが無い。男は自らがSEであることを
大変強調していることが分かる。SEを卑下する気は無い、高度な仕事だ。ただ、男がこの「SE」を「エスエー」と発音していたことが多く思い起こされる。

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このあたりは「SE」ならでは、であろうか。
見事に改行が行われ、エレガントですらある。
文全体を通してみて、この文章が大変プログラムのような巧緻さで作られていることがわかるのである。

たとえば一見、これは明らかな誤りであるように見える箇所がある。
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しかしながらこの表現が「り」を送り損ねている、と考えるには早計だ。関西には「きっちり~する」のほかに「きちっと~する」といった表現があるからだ。ここに大きな仕掛けがある。起承転結で言う「転」の部分である。この場合、「きっちと」はどちらに持っていっても間違いであるからだ。しかし、これによって文章により目が注がれる。いかに優れた文章であっても、読まれない文章に価値は無いからである。

そして「しろ」の命令形。プログラムで言えば「GO」に当たるのだろうか、有無を言わせぬ強制力を持っている。

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ただ最後はなぜ「桃井かおり」調なのであろうか。
シュールである。最高の形でオチを持ってきて、含みまで持たせることに成功した。
「SEは」「そう」「思う」。

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