雑記

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行政処理としての戦争

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戦争と補給戦略に強い興味を覚えるようになったのは、たぶん「銀河英雄伝説」を読んだ中学くらいからだと思う。

それ以前から信長や三国志でまず内政MAX戦略をとる私、銀英伝で好きなキャラはキャゼルヌになっていました。「キャゼルヌがくしゃみをすると、イゼルローンがくしゃみをする」って描写が決め手になります。帝国にも内政担当いたような気がする。でもたしかラインハルトが戦場に出ないでシコシコ内政してる描写があったと思います。

ところで、あの物語はほとんど軍人しかでてこないのに、ヤンぐらいならともかく結局ほぼ全員が、果てはシェーンコップあたりまでが、戦争は嫌いだということを言う。そんなの人生否定してるじゃないですか。キャラ配置おかしいじゃないですか。『地獄の黙示録』みたいな刹那的な人がいても別にかまわんだろ。そうしなきゃ出版できんのか、この国は!キャラがかわいそうっすよ。


話がそれました、補給のことです。
まずいろんな作品で、クラウゼヴィッツの戦争論から「戦略・戦術」のことが取り上げられて、具体的戦術や作戦目的を作中に記載しなくても「一応、この物語は戦争の理解度はこのレベルですよ」ということアピールしてます。(読者に展開読まれるから。難しいところではある)

でも戦略や戦術というのは、戦争に用いられる様々な技術のうち、特に不確かなものを扱うための技術で、もっとそれ以前に戦争は決定されてるもんです。物資(武器・兵糧)と兵員の数です。

軍隊が移動し、移動した先で元気よく敵と戦うためには、その兵隊にちゃんとご飯を食べさせないといけない。現在、「貧困」と呼ばれてる層は一日3000キロカロリーが得られない人たちですんで、まあそのくらい要るんだろう。米で一日1kgです。もし、曹操が100万の軍隊を集結させて進めたとすると、一日1000トンの米を消費。馬が何頭要りますか? そしてその馬を養うために必要な飼い葉は、米の10倍くらい要ります。補給が絶たれたら、あっという間に大群は瓦解します。この根拠地との間の補給線を、後方を回り込んできた敵の小部隊に切断されないように、根拠地から遠く離れた兵団は、補給線守備部隊を足跡のように残していきます。当然、実戦配備可能な兵隊は減ります。


馬や牛で運ぶから飼い葉のことを考えないといけないんで、例えば川や海を伝って運ぶと、根拠地から船で運べて便利です。ここに至って考えれば、つまり軍隊とか騎士団とかってのは、天才司令官が采配を振れば、突然現れたり消えたり、どこまでも戦い進んでいくようなファンタジックなシロモノじゃないんです。根拠地や補給線があり、「ここまでしか行動できない、それを超えたら即座に崩壊する」という制限が明確についているものなのです。

数万の軍人が動いていくという現象は、町や国が動いてるという感覚に等しい。であれば、行政的な運営が必要になってきます。食料を公平に配布したり、疫病がでないようにしたり、ね。日露戦争でどのくらいの舞台が脚気(ビタミン欠乏症)という病気で行動不能になったか知ってますか。私は戦争のこういう面に着目する。日本やドイツがWW2なぜアメリカに負けたか、具体的理由を考えたい。軍艦や大砲などの点ばかりでなく、主な穀倉地帯の数や食生活の比較から考えるべきだわ。

中世なんかもっとひどいですよ、絵のように無謀に突撃を決める司令官を止める軍師が何人いたことだろう。また、そういう軍師の下に、兵隊を飢えさせることなく行動させることのできる行政官がどれくらいいたことだろう。この時代はどこかの国を攻めると言うことは、他国の畑の収穫物を食って生きる、というそういう方法をずっと取っていたんですよ。

(寝ながら書いてたんで微妙な表現だった。訂正&追記)
要するにこの論は、「人間が生きて、食べること」というのを無視してほしくないということを言いたいんですよ。美食・飽食の時代で、私たちはお金さえ払えばいつでも満腹になれると思いこんでます。それは大きな間違いだ。この国の食糧自給率を考えれば、戦争など到底考えもつかないことです、兵糧攻め包囲網(日本の状況で考えれば海上封鎖)にあったら瞬く間に崩壊ですよ。


「敵地に進軍して兵糧を奪う」というやりかたは、一番単純な戦争のやり方で、そもそも戦争の発生自体これだったと思われます。原始人の時代からきっとそうだったはずで、戦争というのは生存のための手段だった。

足軽とか傭兵というのは聞いたことあると思いますが、兵隊の給料というのをお金で支払われる時代があります。今の自衛隊みたいに衣食住付きで雇われるんじゃなく、もらったお金の範囲で食糧買って武器手入れしないといけなかった。当然、遠征になると進軍先で現地調達なんだけど、市場というものがないといくらお金があっても普通買えないんですよ。

今あなたが住んでいる土地でお祭りがあったら、ショッピングモールやコンビニの棚から弁当が消えるでしょう。今は次の日には補充されますけど、そういう流通が何もないようなところに、市規模の人間が食糧を持たずに押し寄せてきた。争いが起き、武器を持ってる軍隊はほどなく略奪をはじめるでしょう。ひとつの地域にこういう略奪する大集団が存在し続けると言うことは、その土地の荒廃を意味します。荒廃したら、軍隊は解散、または別の略奪可能なところへ移動します。

だから補給線が確保できず、略奪が計算出来る町や穀倉地帯が無いルートには進軍できません。軍の行動可能範囲というのは道と残存食糧で完全に制限されていて、司令官に「ここ攻めるぞ」といわれて、「川がないから出来ません」と答える部下がいてもいい。

日本の歴史でこのことを述べるなら、羽柴秀吉の本能寺の変に際しての「中国大返し」がどれほどの驚異をもって語られたか、ということが言えると思います。数万の軍隊に5日で200kmという強行軍を可能にすると言うのは、当時の人の予想を大きく上回る奇跡だったようだし、明智光秀も計算してなかったらしい。軍隊というのは、一日これだけしか動けない、というのが常識だったんだですよ。ポイントポイントに先回りして食糧集積地を作って、全員武器甲冑脱いで船で送り、自身は秀吉筆頭にふんどし一つの高速移動。それって、途中敵の伏兵がある、などの道中の危険が一切無いことが前提です。本能寺の変じたい、秀吉の陰謀だったという説が強いのはそのせいですが、もしそうでなかったら、秀吉とその部下の行政処理能力ってものすごく高いです。陸上・水上輸送網と連絡・通信網が完璧でないとうまくいかない。

秀吉って朝鮮出兵ってのもやってます。海外派兵は、現地調達の計算をどの程度つけられるかわからない分難しいですよ。私は秀吉の補給面では、日本初の海外遠征を可能にした石田三成の存在を考えてます。光成みたいな僧出身の実戦経験に乏しい武将が、武断派に疎まれながらも要職にあり、西軍の司令官をやってた。補給の実績を秀吉が相当重く見てた、ということじゃないですか。朝鮮出兵の補給面は、略奪が無いくらい完璧だったというわけじゃないです。

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