雑記

親愛なる○○に捧げる

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物申してみたり

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「ゲド戦記」を見に行った友人が酷評してたんですけどね。

「世界の中心で愛を叫ぶ」が韓国に行くと「僕の世界の中心は、君だ」になるんでしょうか。本当にそれでいいのでしょうか。映画館でアルバイトしたことのあるマルメンライトです。

最近は映画とかテレビ番組、ドラマ、アニメ、全然見なくなりましてね。ある程度の年齢になると、そういうもんなのかもしれませんね?
2時間なり30分なり、予定されて拘束されるのがたまらなくきついんですよ。スポーツとニュースくらい。一方、「信長の野望」とかのゲームには何時間も突っ込んでしまうときがあります。こないだの土日も「群雄集結」シナリオを柴田勝家でクリアしました。「かかれ柴田」対「立花道雪」、楽しかったなぁ。


聞けば「ゲド」はひどいらしいですね。もちろん見に行ってないんですけども、そうなってくるともう見に行かなくても良いんだな~という感じです。原作も読まなくていいや。苦しまなくていいんだ(笑)なんかホッとする。指輪のときはイヤな思いしたからなぁ…

ところで映画を見に行ったら、一回くらいはその映画の話を誰かにすることになるんですけども(だいたいそうですよね?)、その内容の推敲をネット使ってしますかね? レビューサイト行ったり、mixiとかブログの評価見たりとか。 

でも、私もしますね~…。特に自分が面白くないと思った映画見たときは。何かを評価するのに、特に悪い評価下すときは、回りに似たような感想を持ってる人がいないと怖いですよね。それにネットは言葉にするのが難しい部分を、誰かが思いついてまとまった話にしてくれてるから、それ覚えて使えばいいしね。

結局、現代社会というのは、自分はたくさんいる群集の中で、なにひとつ飛びぬけていいところを持っていない、悪いところも無い。一方、周囲の群衆もまた、自分より秀でたところを持っていないし、劣ったところも持っていない。それを前提に作られている社会なんですよ。お互いに非常に均質化された情報を持っている。大して違いの無い評価を下すんですが、目立ったところの無い発言は注目されないから、自分は主人公たろうと、ちょっと良い話をしてみせる。 
で、そういう群衆の中で、不思議なことに新しいアイデアや切り口は生まれていくんですよね。それは面白い減少だと思います。


ところで、うちの両親なんかネットには触れるのも嫌がるような人たちで、わりと夫婦で映画見に行くんですが、「面白い」にしろ「面白くない」にしろ、それを言葉にしていくのがとても下手な人たちなので、私はまず「寝たか寝なかったか」を聞くことにしてます。こないだ「日本沈没」だか「釣りバカ」だかなんか見に行って、「UDON」の予告の話ばっかしてました。おいしそうだったらしい。

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