雑記

親愛なる○○に捧げる

年の瀬に思う

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もし自分が「幸せではない」と気付いてしまったら、とても寂しくなると思うんです。だから私は目を閉じ、耳を塞ぐようにする。


苦情の電話が頻繁に入る私の仕事場ですが、年の瀬になると特に増えるのが長い苦情です。今日帰る頃になって30分近く粘られまして、まあ明日で年内の仕事納めで、明日来ないバイトさんたちが「良いお年を」と言ってるのを横目で見てた。苦情の主は、年配のおばあちゃん。


そのおばあちゃんは最初の10分、ものすごい剣幕で怒り倒してまして、それはうちの親会社にあたる事務所の対応がまずかったんですが、下請けであるうちの責任だ、と怒るわけです。自分に全く責任が無い叱責に対して、「なんで俺が怒られてんだ、俺はだれにも迷惑かけてないじゃん」と思うのは個人のとらえ方の問題ですが、その上で発生した問題の全てを上手く解決するのが、いわゆるコミュニケーション能力ってやつ。クレーム処理に対するコミュニケーション能力。対面、電話をとわず、対面業務でもっとも必要な資質ですね。うちの親会社はそれを持ってる奴がきわめて少ないから、こういう問題が起こります。

大事なのはやはりクレーム相手からの信頼です。「この人は自分を絶対裏切らない」と、短時間で思わせること。その為には、相手が求めていること、言いたいことをすぐ察知すること。出来ないことをはっきり言うこと。相手に好感を持てなくても、それはそれとして、発生したその問題を「なんとかしてやる」という信念をもつこと。めんどくさいとか思ってると、ホントすぐに感知されます。そういうもんです。


でも今日のお客さんについてはちょっと違ってて、すごい剣幕で怒ってるけど、ちょっと声がうわずる。全く息つかずに怒る怒る。けど、それをさえぎって私が喋ると、良く聞いてくれてる。こっちの話を良く覚えてるし、理解もまあまあはやい。ところが、本人が言ってることは脈絡がないこともあるし、論点がすぐずれる。基本的に話は悪口で進めていく。

ます、本当に怒ってる人は、こっちが何を喋っても聞いてくれませんし、揚げ足取ってもっと怒るもんです。ちょっとうわずるのは、普段のテンポと違うから。それから感覚的なものですが、言葉のトゲがあるパターンに独特のものだったんです。



これでだいたいピンと来る。独居老人なのです。


それで「お母さん、それはね・・・」と語りかけ、出来ることの範囲はあまり変わらないのだが、優しい言葉を多く含める。「言葉を潤す」という方法です。で、相手の言葉に、大きめにリアクションする。これだけで独居とおぼしきおばあちゃんは、もう陥落というか、態度が一気に軟化します。

最終的には、あなたような人物がいるところがミスをするわけ無いし、悪いのは親会社で、関係ないことで怒ってしまって大変申し訳ない、との理解を得ました。その会話のトーンは、受話器に出たときと同一人物と思えないくらい優しいもの。 毎回こうではありませんが、綺麗に終わると相手もこちらも気持ちが良いものです。おばあちゃんは私がノロウイルスに感染しないか心配して「良く手を洗って」とキリがないので、「良いお年を」と言って切りました。


聞けばヘルニアでほとんど体が動かないし、娘は嫁に行ってしまい、おばあちゃんはヘルパーさんが来るとき以外はだいたい1人で家にいるということ。きっと、毎日ほとんど人と会話することがないんじゃないかと思う。会話があるとすれば誰かの悪口や陰口、苦情。そういうことでしか自分の表現方法がない、こういうのは結構、年配の方にあります。他者と共通すると確信できる話題が、それしかないのです。・・・ではそれで、会話で気持ちよく笑うみたいなことはあるでしょうかね?

10代の寂しさを代弁するようなテレビ番組やサポートは色々あって、でも60~70代の老人の寂しさや虚しさを、誰がどうしてやりゃいいだろうと思うときがあります。何十年も生きてきて寂しさを処理する良い方法を見つけられないのも情けないですけどねー。ただ、そういった寂しさを紛らわせるものをちゃんと持ってる、若く力に満ちた自分たちが、どれほど恵まれてるかと認識しておかないと、勿体ないことだと思います。ましてそれをうざったく思ったりするのは、ずいぶん恩知らずなことなんだと思ったんですよ。