雑記

親愛なる○○に捧げる

ハウスダストとの戦い

cut292.jpg

最新型掃除機が届きましたよ。

というわけで、ハウスダスト症候群と診断されたその日に買ったハイテクマシーンです。昨日届きまして、部屋中のハウスダストを吸い込んでもらいました。ナショナルのPC-600JX、42000円でした。私くらいのハウスダスト症候群ともなると、やはり高くつきます。


しかしまあ耳鼻科で「あなたはハウスダスト症候群でした」といわれても、症状である咳が届くころには出なくなってしまいまして、しばらくタバコも控えていたんですよ。そうして咳がでなくなると、これはもう風邪だったのか?タバコでノドをイワしてたのか?良く分からなくなりました。ダニもタバコもホコリも、昨日今日多いという話ではないですし。

聞けば20ミクロンくらいの微細なダスト、ダニや綿ぼこり、タバコの煙も含めてすべてハウスダストというらしいです。で、そこまで小さいダニとなると、世界中でいない場所は無いくらいということらしく、またほこりや微粒子がない場所というのもねえ。素粒子が無い空間だったら、確率の話になってくるんだけども。この「ハウスダスト症候群」という言葉の定義は軽いのどの痛みも含めてかなり幅広いものになってくるのではないか…? 

つまり私が閉ざされた自室の中でハウスダスト症候群になるか、ならないかは、予測が付かないというより、ともにどちらも100%の確率でありえ、それは私の部屋の扉を開けたとき、私が咳をしているかしていないか確認してみないとわからない…。このような思考実験を、「シュレーディンガーの猫」といいます。まあどうでも良い挿話でした。「量子力学なんて、その理論を聞いて怒り出さない人は、単に理論を理解してない人だけだ」、とエンリコ・フェルミ先生が仰ってました。




cut293.jpg


これが目玉の「ハウスダスト検知センサー」です。

ハッキリ言います。ハウスダストなんてこの際、どうでもよろしい。
この「ホコリがありますよセンサー」は面白い!

掃除が楽しくなり、一日中でも掃除機をかけていられるような楽しさがありました。布団の上とか、テレビの裏とか、「ここにはハウスダストがあるんじゃないか…!!」と思うようなところを、部屋中くまなく探してしまいます。大方掃除し終わった後で、またランプが赤く光るのを見ると、あれですよ、階段のヘリをつーってやる意地悪お姑と張り合う嫁の気分。

毎日書けと言われて

cut291.jpg

マンガよりこっちのほうがそら書きやすいですが、それでも毎日は難しいですね。

でも実際はマンガの更新よりブログの更新のほうを期待して来訪されてる方もいるみたいで、そうなると本末転倒なんですごく情けないです。やっぱネタが無いですわ。

で、アクセスのことを考察しようかと思って、本家マルメンサイトのほうのアクセス解析結果をみてたんですけども、国ごとのやつがありまして、この8月はこんな風になってました。

順 国(組織) アクセス グラフ
1 日本 1191 86.74%
2 ネットワーク組織 175 12.74%
3 オーストラリア 2 0.14%
4 米国営利組織 2 0.14%
5 香港 1 0.07%
6 オランダ 1 0.07%
7 ニュージーランド 1 0.07%

4位に注目ですかねぇ…

古い科学

cut290.jpg

科学というのは仮定によって成り立ってる部分がすごく多く、だからとても曖昧で、魅力的です。冥王星が惑星でなくなってしまいました。

「宇宙はビッグバンで始まって、宇宙の果てはどんどん膨張しています。」っていうのは、どっかで聞いたことあります。いまやテレビのCG映像でそういう姿を見ることは出来ます。
でも、たとえばおばあちゃんがそのことに文句をつけて、「世界は3本の大きな柱に支えられていて、その柱は3匹の象が背中で支えているのよ」と仰ったら、我々は笑うでしょう。
では、象の下はどうなっているんですかと聞くと、おばあちゃんは「教えてあげましょう、大きな亀の背中に乗っているのよ。」
すかさず我々はこう聞きます、「その亀は何の上に?」
おばあちゃんは自信たっぷりにこういいます、「ならば教えてあげましょう、亀の下にはまた同じ大きさの亀がいて、その下はずっと無限に亀が連なっているのよ!」(ホーキング宇宙を語る より)


この場合、おばあちゃんの話はあざ笑えないですよ。私たちは宇宙がビッグバンで始まって、現在膨張したり、地球からまっすぐ外宇宙へ向かって飛んでいったら、最後は時空がねじれて帰ってきてしまうとか、分かりやすい科学解説本でそう学んだけど、そういうのは数学的な研究でそうなったわけで、正直私の数学は高校で習った微分積分より先のことは分からないですもん。確かめようのないことです。

科学は大方の部分が仮定と数式で成り立ってて、あやふやで曖昧なものもかなりあるんだと思ってます。だがそこがいい。特に「M74」の時代くらいの古い科学というのは、間違いだらけのものですが、そういうのも含めてすごく面白い。そうであっても、おかしくないと思えるようなことが多いんです。

例えば、ラボアジエが質量保存の法則を発見するまで、紙や木が燃えるのは物質に含まれる「燃素(フロギストン)」というものが抜けていくからだと考えられていましたし、沼や光の差さない森はひどい悪臭がするものだから「瘴気」または「沼気」というものが出てることになってました。

光や電気は「波」(振動)だということまで突き止められていたんですが、波が伝わるにはなにか物質が介在しないといけないから、真空の宇宙には目に見えない「エーテル」という物質が存在するとされていました。

また、全ての生きものの中に存在する生命を発生させる力、「生命素」(エラン・バイタル)というものがあり、それを集めて電流を流せば生命を発生させられる、と科学的にそう考えられてました。有機物、無機物という分類がそこに残ってます。なんせウナギやハエの発生方法が卵なのかどうか? どこから生まれてわいてくるのかちっとも分からなかったので、そういうのが真剣に考えられてたんです。

錬金術なんかもっとめちゃくちゃで、17世紀のヘニング・ブラントというドイツの錬金術師は、やり方しだいで人間の「尿」から黄金が練成できるであろうと仮定して、50人分の尿を集めて地下室で研究するという研究をしました。
このとっぴな仮定は、おもにこれら二つの物質の「色」の相似性から導かれたようですね。
すると尿は一ヶ月でペースト状の不快な物質に変化し、ついで半透明の蝋のようなもっと不快な物質に変わります(笑)

最終的に金は生まれなかったのですが、この蝋のような不快な物質は光を放ち始めたんです。で、自然発火する不思議な物質が生まれたのです。

このブラントのきわめて不潔な研究から生まれたこの物質は、後に「燐」と名づけられまして、普及するまでは「金」より高価な小売値で取引されてました。錬金術が金よりいいものを生み出した一例です。

物申してみたり

cut289.jpg

「ゲド戦記」を見に行った友人が酷評してたんですけどね。

「世界の中心で愛を叫ぶ」が韓国に行くと「僕の世界の中心は、君だ」になるんでしょうか。本当にそれでいいのでしょうか。映画館でアルバイトしたことのあるマルメンライトです。

最近は映画とかテレビ番組、ドラマ、アニメ、全然見なくなりましてね。ある程度の年齢になると、そういうもんなのかもしれませんね?
2時間なり30分なり、予定されて拘束されるのがたまらなくきついんですよ。スポーツとニュースくらい。一方、「信長の野望」とかのゲームには何時間も突っ込んでしまうときがあります。こないだの土日も「群雄集結」シナリオを柴田勝家でクリアしました。「かかれ柴田」対「立花道雪」、楽しかったなぁ。


聞けば「ゲド」はひどいらしいですね。もちろん見に行ってないんですけども、そうなってくるともう見に行かなくても良いんだな~という感じです。原作も読まなくていいや。苦しまなくていいんだ(笑)なんかホッとする。指輪のときはイヤな思いしたからなぁ…

ところで映画を見に行ったら、一回くらいはその映画の話を誰かにすることになるんですけども(だいたいそうですよね?)、その内容の推敲をネット使ってしますかね? レビューサイト行ったり、mixiとかブログの評価見たりとか。 

でも、私もしますね~…。特に自分が面白くないと思った映画見たときは。何かを評価するのに、特に悪い評価下すときは、回りに似たような感想を持ってる人がいないと怖いですよね。それにネットは言葉にするのが難しい部分を、誰かが思いついてまとまった話にしてくれてるから、それ覚えて使えばいいしね。

結局、現代社会というのは、自分はたくさんいる群集の中で、なにひとつ飛びぬけていいところを持っていない、悪いところも無い。一方、周囲の群衆もまた、自分より秀でたところを持っていないし、劣ったところも持っていない。それを前提に作られている社会なんですよ。お互いに非常に均質化された情報を持っている。大して違いの無い評価を下すんですが、目立ったところの無い発言は注目されないから、自分は主人公たろうと、ちょっと良い話をしてみせる。 
で、そういう群衆の中で、不思議なことに新しいアイデアや切り口は生まれていくんですよね。それは面白い減少だと思います。


ところで、うちの両親なんかネットには触れるのも嫌がるような人たちで、わりと夫婦で映画見に行くんですが、「面白い」にしろ「面白くない」にしろ、それを言葉にしていくのがとても下手な人たちなので、私はまず「寝たか寝なかったか」を聞くことにしてます。こないだ「日本沈没」だか「釣りバカ」だかなんか見に行って、「UDON」の予告の話ばっかしてました。おいしそうだったらしい。

咳の原因が判明

cut288.jpg

イメージ図。やだなぁ…

耳鼻科の検診結果、ダニアレルギーとか言われました。ダニかいわゆるハウスダストってやつ。まあその程度のことで良かったんだけど、そうなると家にいっぱいダニやホコリがあるみたいでなんかイヤだー。確かに自分はまめに掃除をするほうではないけど、適当に散らかったら片付けるし、こち亀の両さんの部屋くらい汚くはならないのだが。

そんなわけで、早速ダニ取り掃除機を通販購入決定。ふと部屋においてる掃除機を見ると、製造1986年のナショナル製で、この長持ち具合はさすが天下のナショナルだと思ったんですが、思うにこれのなかにダニが発生してるんじゃないか? 咳は今落ち着いてるので、不安も無く過ごしています。

まあスギとかの花粉症ほどどうしようもなくは無いので、ダニとそのフンと死骸をとっておけば問題ない。

愚弟「それで、今日は掃除せんの?」
マルメン「今日買った良い掃除機には、ダニ・ハウスダスト検知センサーが付いてる。それを試さなアカンから、届くまで掃除はせん。」
愚弟「今掃除したら、もったいない?」
マルメン「うん。」
愚弟「……」
マルメン「ゴホッ、ゴホ…」

第7話開始しました~

cut287.jpg

どうにも時間かかってます。


ようやく第7話を安定更新できそーな状態にこぎつけましてですね、今週から大体2ページづつ出して行こうと思ってます。「まとめて出してみたい」というのがあって色々悩んだんですけども…

まあ以前より上のレベルで、マンガを量産する力というやつは、足りないながらも確実についてきてる、という感じがしてきてるんですよ。その前のレベルというやつを相当下に置いて考えてるんですけどね。背景がなぁ。背景がしんどいなぁ。描き方に迷う上、迷うくらい一生懸命描いたら、載せたくなるんですよ。

描き始めたら気づくようなことたくさんあって、そういうのに気づくことで上手くなるんだろうなと思うんですけどね。キャラ造形にしろ背景にしろ、いい加減なラフでいい加減に描き始めるから毎回描くのに悩むんですよね。前髪何本なのかとか、この角度で見ると前髪が何本に見えるのかとか、今思えばもっと早く、ちゃんと決めとけばよかったんですよ。途中くらいまで適当だった。苦労して、馬鹿らしい。

ちなみに、今は大体決まってきましたけど、たまに適当になってしまうときがあります。こんなことここに書くと、「こいつこの程度のレベルでやってたのか?」と、読んでる方お怒りになりますかね?まあ怒られてやむなしですけど…(笑) 

なんかね、萌え系キャラとかのマンガの髪型は、矢吹ジョーみたいなありえないような髪型してて、気に食わないようなとかがあったんですよ。まあそんなこんなで、これから急速とはいかないけど、もっと上達すると思うし、早く描けるようになると思います。

のどがイガイガ

cut286.jpg

忌野清志郎の一件が無かったら、不安になることも病院行くことも無かっただろうけど…


この土日、のどが痛いというかむずかゆくて、一日中せきばかりしておったのですよ。特に熱も無い、風邪じゃなさそうですし。頑丈だけがアレな私ですので、なんかこういうのは珍しいんです。

とはいえ、そういえば実は数ヶ月前から、夜寝てて突然咳き込んでむせて起きる、というようなことが続いておりまして、ただまあ寝てる中の出来事だから、夢と一緒で忘れちゃうんですよ。ただこうして痛くなったり咳き込んだりすると、妙なデジャブがあって思い出すんですよね。何この咳。なにが原因なの?


~♪どうしたんだ~い、ヘ・ヘイ・ベイベー♪~


そこはそれ、ハンドルネームがマルメンライトな私ですので、愛煙家です。
~この煙にやられて、エンジンいかれちまったぁ~
だとしたら困るんですよね、この時期忙しいし、第7話の連載も開始したところで、それでもってRCサクセションのボーカルの人が、なんかもう咽頭がん?喉頭がん?それは困るだろ。
~いつものように決めて、ぶっとばそうぜ~


まあでも怖いんで、夏休みまだあったんで、とって耳鼻科へ。実は私は小学生のころ、アレルギー性鼻炎で耳鼻科へ通ってたことあるんですよ。そのアレルギーは年齢とともに治ったんだけど、最近花粉症と疑わしい症状も出掛かってたんで、その辺もチェックしてもらいました。結果まだですけど、医者が言うことを総合して行間読むと、「たいしたこと無い」感じです。医者へ行ってほっとする反面、なんか休みとってたいそうに大騒ぎしたようで萎える一瞬でした。「医者に行くから休みます」なんて言わなきゃ良かったんですよ。明日どう説明しようか?どうぞ勝手にふってくれ、ポシャるまで。


医者に行ってイヤなケースのひとつでした。

いや昔通ってた経験なんだけど、結局アレルギー性鼻炎がネブライザーとか薬では治らず、成長期迎えたあたりでなんとなく治ったんですよ。それで私、耳鼻科ってあんまり信用してないんですよ。今日はなんかレントゲンとって軽い蓄膿とか畜生とか言ってるんですけどねー、なんかそれは長期治療になるとかで、昔に比べると薬の品質も上がってるからと、15年ぶりくらいでネブライザーやりました。絵のような状況。口から鼻から蒸気がでます(笑)

これがまたとても懐かし~い匂いなんですよ。一緒。15年前と、まったく一緒だったんです。これ、薬の品質ほんとに上がってるんですか(笑)


未完の長編

cut285.jpg

WEB漫画は自由です。(小泉純一郎風に)



未完の長編はダメだ


好き好きにはじめられて手軽なWEB漫画です。基本タダだから読むほうも気楽だし、作るほうも気楽。趣味の領域でマイペースでやれます。そこが一番良いところですよね。

で、「漫画ってどんなんあるん?」という質問から、私の場合出てくるのが「ドラゴンボール」とか「スラムダンク」とかの長編少年漫画です。まあここが「コボちゃん」とか「ドラえもん」に何故かなってこないのが趣味嗜好というやつです。というわけで、私が漫画描くと長編少年漫画になる。経験不足による芸風の狭さです。

そういう漫画好きですし、リンク先もそういうのが反映されるんですが、長編WEB漫画って事情はホントそれぞれですけども、完結しないケースが多いですよ。当の私も「LUCKY STRIKE」放っておいて、「M74」やってるわけです。

自分への反省も含めてですが、こういうのは良くないと思うんです。どういう事情があっても、中断して放っておくなんて、批判されて当然のはず。読んでるほうからしたら、裏切られたような思いに違いない。たとえ駄作になったとしても、完結するまでがんばって描くべきなんですよ、作者ってのは作品に責任があるから。(書きながら、自分への情けなさがこみ上げてきて『あ゛~~!』って言う)


手間かけてきた愛する漫画が、スケジュールや生活の都合で納得いかない方向で形になってしまい、駄作になっちゃうっていうのは、作者にとってはずいぶんつらいことです。一方別に生活かかってないから、そこで自分の中の「納得」をめぐって逡巡が生まれ、それは恐怖となり、なにはなくとも製作に必要な「モチベーション」が下がっちゃうんですよね。まあ作者がことのほか出来に納得してても、じつはあまり読者から面白くなかったりするのが漫画の怖いところです。あまり自説をしたり顔で述べるほど、人生で漫画を描いていない私です。

長編WEB漫画同盟
という同盟さんがありまして、「長編漫画で100p超えたら登録できる」の条件が先行しがちなんだけど、同盟趣旨は完結まで一緒にがんばろー、というもの。こういう存在になんとも励まされます。




未完の長編はダメか?

建前はこのくらいにして、本題に入ろうかと思うんですが、
私は「未完の長編」ってやつも面白いと思ってます。たとえば、良く立ってるキャラが出てるやつ。設定や伏線だけでも、結構深そうな構成のやつ。残りは読者の想像になり、作品は読者のものになるんですよ。(上手くいくと)

漫画はそもそもが想像の世界の話であって、もっとも優れた魅力的物語は読者の想像力を極限まで解き放つような世界の話のはず。読者は作者の導きで、作者の想像の世界に入っていくんですけども、そこはそれ絵というものがあっても、読者によって受け止め方は異なり、例えば魔法があるとか怪物がいるとか、普通の世界と違う部分を作者から説明されて、ああ、そうするとこういうのもあるし、こういうのもあるんじゃないかと、想像で世界が膨らんでいくんですよね。つまり、ハマってるわけですけども。

ということは当然、読者の想像力を制限してしまってはいけないんですよ。オリジナルでやってて「この魔法はメラみたいなもんです」ならともかく、「魔法の設定はドラクエと全部一緒です」とか。つまんないですよ。でもズバリそう書いちゃったら逆に面白いか…(笑) 作品のなかにある、読者の想像力を喚起する部分って、「物語の未完結で、謎な部分」にあるんではないかな、と。だから作品の「底」が割れてしまうのはとても良くないことだと思うのです。

もう10年も前になりますが、「EVA」ていうアニメ、あれ途中でやめようとしてましたよね。謎のまま終わったほうが面白かったかもしれない。なんでもかんでも説明つけずに、「こう来て」「こう来る」みたいな王道使いつつ、謎の部分残しながら興味を引いていく。ヘミングウェイもそういうこと言ってました。ファンタジーとか特に、終わりのイメージがない「ネバーエンディングストーリー」で、それが魅力です。

私とかそうなんですけど、ファンタジー考えるとき、終わりのイメージ作らずに設定から入るじゃないですか。だからというか、イメージボード的に少量の漫画と、キャラ設定や構想だけでも、想像で補完して満足するところがあって、まあ脳内で原稿にしてるというか。


まあ、まとまりませんが、私の読者としてのWEBマンガは、お気に入りサイトにある分だけ全部楽しんでいこう、という感じでしょうか。作者としては、いつかは完結するから、それまで詰め込めるだけ詰め込もう、やりたいことは全部やっておこう、という感じです。

暑中お見舞い申し上げます

cut283.jpg

来週、第7話の扉をアップして、そこからゆっくり更新していきます。
暑いですが、漫画を描く人、OFFの生活ある人、みなさん頑張ってください。


シエスタ「博士、僕には実戦経験が必要ではないでしょうか?」
ウイング「どうしてそれを聞くのかしら?」
シエスタ「どうしてって…火砲とはどのような点が重要か知りたいからです。僕は現在、砲身とその材料の吟味に多くの時間を費やしています。」
ウイング「砲身チーム主任なんだから、それでいいんじゃない?」
シエスタ「…それはそうですが…しかし、火砲とは単なる円筒状の鋼鉄ではありません。砲弾があり、砲架や砲台があります。それらのものも新型火砲の性能に大きな影響を与えるのではありませんか?」
ウイング「そうね。」
シエスタ「現在それらを統括し、研究所が製作する火砲のすべてを熟知しているのは、博士お一人です。アジオ君からはそう聞いています。」
ウイング「その私がキミを砲身チームのトップに置き、遊星の役割を与える判断を下したんだから、それで良いんじゃない?」

シエスタ「…僕はすべてを学びたい。」
ウイング(この子、私を信用しとらんな…)
シエスタ「火砲というのは、きっとすべてを学ばないと優れたものを作れないと思うのです。その使い方、実際の撃ち方もです。火砲とは、性能以前にまず、敵を撃つものです。優れた砲学者は、きっと博士のように砲を撃つことにも長けているはずです。僕は多くを学んだ、けど全然足りないと思うんです。今すぐ戦争が起こればいい、そうすれば僕は実戦経験を得て、優れた火砲を生み出せるはずなんだ」
ウイング「……」


ウイング「うちの研究所は現在、砲身・砲弾・砲架が各チームに分かれ、私の統括チームが細部の調整をとるスタイルをとってるわよね。このメリットは分かる?」
シエスタ「はい、それは認めます。僕はかつてジパングのソーセージ工場を見学をしたことがあります。そこでは、肉を運ぶ職人、肉を細かく切る職人、肉をこねる職人、肉を腸詰めにする職人、燻製をする職人などに分かれていました。これらの職人たちは、自分の職分以外のことを一切行いません。」
ウイング「うんうん」
シエスタ「例えば肉を切る職人の中には、僕と同じ年の職人もいた。彼は、肉をこねる職人にとってちょうどいい部分を、ちょうどいいサイズに肉を切り刻むことにとても熟練していた。だけど、ロースとかサーロインとか、誰でも知ってるような肉の部位の名前を何一つ知らなかった。」
ウイング「彼は工場を辞めてお肉屋さんになることは出来ないわけね。しかし例えば、お肉屋さんがソーセージを一人で作る量と、ソーセージ工場の職人一人当たりのソーセージ生産量はどうかしら。」
シエスタ「これはまったく比べ物になりませんでした。すべての工程に熟練したソーセージ職人が作ることの出来るソーセージの数は、一人一日2~300本です。一方、ソーセージ工場では11歳の少年が3000本以上のソーセージを作ったことになっています。…もちろん、ソーセージの大小、長期熟成において…」
ウイング「その辺は別に良いよ。つまり、生産性は分業によってそれほどの差が出るってわけ。」

シエスタ「…しかし博士…。これは単純労働をもってする工程にあって言えることで、可能な限りの創意工夫を凝らす研究においては…」
ウイング「分業制が必ずしも良いとは限らない?」
シエスタ「技術というのは、つねに革新し続けないといけないものです。人の手によって創られたものは、作られた瞬間から陳腐化が始まるからです。」
ウイング「なるほど、その通り」
シエスタ「知識労働には習慣性があるものです、一度覚えた思考法や発想はわすれません。よく働く人はどこへ行っても働くし、怠け者はどこにいっても怠け者なのはこのためです。しかし、これも知識労働の特徴ですが、同じことをし続けると飽きてしまうのです。そのため、定期的に休んだり、仕事内容を変更していかないと、単純労働より能率が落ちます。」

ウイング「そういうこと、大人は恥ずかしがってあまり言わないんだけどなぁ…。じゃあどうすれば良いかだけど、仕事に飽きたり、煮詰まってきた時は、こうして外歩いたり、人と話したりすればいいのよ。
シエスタ「そんな!!サボれと言うんですか!それこそ恥ずかしいことでしょ!」
ウイング「そこをサボりにならないように工夫するの。」
シエスタ「…工夫?」
ウイング「昔、ワットという人がいた。産業革命のころね。」
シエスタ「蒸気機関を発明した人ですね」

ウイング「最初のころの蒸気機関では、ピストンが上下するのにつれて、ボイラーとシリンダーとの間の通路を、交互に開け閉めしていた。ワットはこのために、いつも一人の少年を雇い、バルブのハンドルを回させていたの。少年は毎日10秒おきにバルブを開け、閉める仕事をしていた。キミだったらどうする?」
シエスタ「たまらない、つまんない仕事ですけど、賃金が発生してるんならやらなきゃしょうがない」
ウイング「少年も最初はそう思っていた。だけど、2日目にはもう飽きてしまった。」
シエスタ「…昔の子供は根性が無いんだな」
ウイング「少年は遊びに行きたかったので、ひとつ工夫を凝らした。バルブのハンドルを蒸気機関のほかの部分に紐でくくりつけ、ハンドルが勝手に回るようにして外へ遊びに行ったのよ。機械を見に来たワットはそれを見て、少年を呼びつけた。蒸気機関という機械が発明されて以来、最大の改良のひとつが行われたことについて、少年に謝辞を述べるためにね。」
シエスタ「少年は遊んでただけなのに、大きな発見をしたんですね。長年、蒸気機関を研究をしてきたワットではなく、昨日その機械の操作を請け負った少年の、楽をしようという思いが機械を完成させたんだ」
ウイング「その通り。サボることはいいこと。」
シエスタ「なるほど。」

ウイング「そしてシエスタ、もうひとつ重要なことがある。蒸気機関に限らず、火砲も含めて機械と呼べるわ。産業革命以来、機械は常に改良されてきた。しかし機械における改良の全てが、それらの機械を使う必要を持ったものの発明であったとは限らない。」
シエスタ「僕に実戦経験は必要ない…?」
ウイング「私たちの仕事は兵隊さんの仕事とは違うの。私は…私は違うと思いたいの。区別して良いと思うの。私たちは研究する、それが仕事なのは言うまでも無い。一方、例えば私たちはソーセージや肉を買う。肉屋さんは肉を切り、農家が肉を提供しているわ。昔は、肉屋さんも無かったころは、全てを家畜を育てるところから最終的に料理するところまで、全て農家でやっていた。今はそれぞれに分かれ、そうやって世界が成り立っているのよ。では、私たちがやってる仕事はなんだろう。」
シエスタ「…」
ウイング「つまり、私たちの仕事はなにかをおこなうことではない、深く観察し、発見することなのよ。それが求められ、分割された。それは、かつて独立の仕事ではなく、一人の人間が持つ多くの仕事の一部分に過ぎなかった。兵隊は、そこから分割された砲兵は、砲弾がどこへ飛んでいくのか、どうやって遠くまで飛ばせるか撃ちながら考えていた。そのことを忘れるわけではない、だけどその思索は今、私たちが社会の中のある分野のひとつとして行っている…ほかの全ての仕事と同じように、ね。」

Core2Duo到着!

cut284.jpg

タスクマネージャでCPUの稼動状況がデュアルな感じになってます。

今日来るか明日来るかと心待ちにしていた新型マシンのパーツ一式ですが、土曜の夜友人たちと飲みに行ってる間に届いてたようです。そうとは知らず、私は結婚が決まった友人や、東京で仕事やめて大阪に帰ってくる友人たちと「人生」という道について話し合っておったわけです。「とりひめ」で。それにしても、私の年代の3年以内の離職率高いですよー。大卒組は就職氷河期のめちゃくちゃきつい時でしたしねー…。14人いますが、転職の経験あるのが8人います。いまは転職したほうが給料上がるらしい。

で、その飲み会で友人の一人が悪酔いしてしまい、もう歩けない状態だったんで車で送ったんですが、その友人の1歳の娘を一緒に送ることになりまして、「ふうか」ちゃん。つまりあれだろ、親としてこういう思いをこめてるわけだ。今はこうして可愛い可愛いってちやほやされてるけど、今だけだぞ、と。そういうのはいずれは「風化」してくんだからな、と。

まあそう言ってやったらなんか怒ってましたけどね。「風に香るじゃ、ボケ!」とか言って、でもベロベロだからキレが全然ないんですよ。それにしたって悲しいのは、そんな風にグダグダになってもはや娘のいる大人とはとうてい言えないような状態の友人が、「吐きそうになったから」と車から降りてる間、風化 風香ちゃんが「パパいない」と泣くわけですよ。あんなんでもこの子にとって父親は父親なんか…不思議やなー、と思いました。


そんなこんなで帰ったら2時くらいになってまして、もうなんか愚弟が勝手に新マシンをくみ上げてOSインスコしてベンチマークやってまして、「驚きのハイスコアだ」と。別にシューティングやってんじゃねーよ。それはそれで良いんですけどね自分で組む手間省けるし。

今日は1日ファイルの移管とか、ソフトのインストールや設定に時間かけてました。30ギガくらいある「M74」その他のマイドキュメントのデータ、回線に限界あるからなかなか時間かかってます。でもこうやってめんどい作業しながらも、やっぱスピードが実感できるくらい速くなってますんで、こういうときが一番楽しいです。

記号

cut280.gif

今日はマンガの記号論について考えてみました。

cut281.gif


…と思ったんだけど、いやー…
この二つの感情の関係性がすごく気になってしまいました。
選んだ題材が悪かった。


こういう操作は今はお絵かきソフトでレイヤーでやれるわけです。
そしてWEB2.0では、ブラウザ上で表計算やワード(の低機能版)を走らせて、距離の壁を越えて作業できるようになっていくみたいです。

今はまだ難しいかもしれないけど、絵チャットやお絵かき掲示板みたいな機能の中に、アップロード済みの素材(擬音や表情、背景素材)を組み合わせて漫画的な表現をすることが出来たら、絵がかけない人やお絵かきソフトを持ってない人も、簡単にマンガが出来るかもしれませんね。

健康食品とやらについて

cut279.jpg

描いてみたものの、結局絵のリサイズがあって使わなくなってしまった…


親が健康食品にはまってて、朝から黒酢のんだりコエンザイムQ10飲んだり色々しています。この健康食品とか一連の健康ブームについて、いつもなんか納得の行かない腹立たしい思いを抱えていました。非科学的で、矛盾の塊だと思う。私は「美味しんぼ」を読んできた世代なんですが、あのマンガがばら撒いてきた食にたいする知識は、その左がかった思想内容のみならず偏ってるとしか言いようが無い。まあ今読むとそこが面白いところではあるんだけど(笑)


そういうところへ先週の週刊経済誌「ダイヤモンド」の特集で、『危険な食卓』というのをやっていまして。これが私の言いたかったことを見事に代弁してくれていて、さっそく両親に読ませてみました。苦い顔してました。



『危険な食卓』

この記事で何が危険かというと、BSE問題とか残留農薬とか、「食卓にのぼる食品群に何か危険性のある物質が含まれている」とか、そういう危険ではないのです。この記事が訴えたいのは、メディアによって流される情報を鵜呑みにして、とりたててたいした効果を持っていない、曰く『健康』食品に殺到したり、「これは危ない」と決め付けて悪玉食品を作っていく、食品的熱病(フードファディズム)に踊らされるのが危険だということなんです。

「食の安全」は最近よく取り沙汰されるし盛り上がっているのだけど、それはそれでいいとしておかしな考え方を持っている人が多すぎる、といことなんですよ。端的なのが「自然食品・植物性食品は明らかに善であって、人工食品・動物性食品は明らかに悪である」というようなことですよ。「白いんげん事件」なんかもありましたが、あれは明らかに自然かつ植物食品が下痢や嘔吐を引き起こしたわけで、「添加物や保存料は良くない」なんてそんな考えを持ってることは異常だし、科学的根拠に乏しいのです。

自然食品にだって「ジャガイモの芽」とか、普通に毒が存在してますよね。だけどもメディアが流す情報のうち、「自然なものは体に良い」というなんとなく自分の信条や行動に都合のいいものを選択して、それを真実だと受け止める。




求められているのはメディアリテラシー
この記事に私が一番感動したのは、この点です。私は思うんですが、こういう記事こそメディアが伝えるべき情報だと思うんですよ。本来なら、食べ物の記事が一杯出てる雑誌に出るべきなんだけど、広告料たっぷり貰ってるから出せないんだろう。だから経済誌がこんなことやる。私は涙が出そうです。

たとえば有名な話、「燃焼系アミノ式」という清涼飲料、「こんな運動しなくても~♪」なんてCM流してましたが、「こんな運動しなくても、脂肪が燃焼されます」という飲み物じゃないんですよね。サントリーの広報に聞いてみたらよろしい。だいたい薬品じゃあるまいし、食品にそんな強烈な効果のあるものはありませんよ。
また、逆の例では悪玉食品としてあげられることの多い「味の素」など化学調味料。グルタミン酸ナトリウムですけども、これチャイナレストランシンドロームといって、化学調味料を使いまくってる(と疑われた)中華料理店で食事した人が、顔がほてる、頭が痛くなる、舌が痺れるといった症状が出たという話です。1960年代に米国医学誌に出たんですけども、結局原因は突き止められず、1987年にWHOが「化学調味料と関係なかった」と結論しました。

でもこんなのは本当かウソかなんて、そんなことどっちでもいいんですよ。出ちゃった時点でおしまいだ、そういうもんなんですよ。

こういった情報は、論理ではなく情緒に訴えかけてきます。そういう風に作ってあるし、論理の天敵ってやつが情緒です。でも、そうやって一方的に与えられ、刷り込まれる情報には必ず裏の意図があるから、そこまでちゃんと読み取るのが「メディアリテラシー」というわけです。変なつながりにくい情報が来たら「おかしい」と思ってください。なんで戦争中にオイルまみれの鳥の写真が来るんです。戦争が起きたら鳥は逃げまくってる写真のほうが正しい。

私がこういう情報流す意図も、ちゃんとあります。まあ主に科学に立脚したマンガである「M74」の価値向上かな。




自然は善で、人工物は悪か?

健康志向のひとが好んで飲んでることが多いコエQだのαリポ酸だののサプリですが、ああいう錠剤は化学的なものだと思います。健康志向の人はだいたい自然思考であることも多いのですが、なんか矛盾してると思います。コレステロールカットの油とか、カテキン足した茶とか、基本的に添加物でしょう。

他にも国産は良くて、外国産は良くない。手作りはいいけど、大量生産は良くない。どうなんでしょう、正しいでしょうか。別に食品じゃなくてもそうですが、
「小さな工房で、信頼できる職人が手作りでやってるようなものは、無人巨大工場で大量生産されるものよりも上質だし、故障が少ない」
私はこういう考え方に同意しません。機械ってのは、人間と違って100%を要求できるんだから。実際、テレビとかラジオとか自動車って何十年も前の手作りものと比べて、故障減ってますか、増えてますか?ラーメンのスープを工場で作ってるラーメンチェーン、小さいラーメン屋と比べ物にならんくらい美味くないですか?

人間にはキャパがあるから、それを超えれば当然ミスが出る。「小さい工房はすみずみまで目が届く」というのは直感的な考え方で、職人の労力は増すばかりです。高品質なものは大勢が求めると考えれば、職人の労力が増すばかりの手作り工房志向は納得行かない。まあこういうことを流すのは、仕事上のこともあるんですけども。

雑多な話

cut277.jpg

今週は特に更新しません。来週もその予定無いっす。



パズル

今日は一日ファンアート的なことをやってましたが、自キャラより頑張って描いてまして、思えば商業誌のマンガでもそういうことやった覚えが無い。まあこういう面白いマンガをやってくれてるリンク先があって大変嬉しいです。まああっちの掲示板とかメルフォに書くべきことなんだけど、面白いんですよね、このマンガ。

アフィリエイト的な話でした。というわけで、興味を持ったら読んでみましょう。



仕事今週入って実生活の方で大忙しでして、まったくねぇ。

…5行くらい言いたいことを↑に書いてたんだけど、
誰が見るともわからないし、多分まずいので消した(笑)
おおっぴらに愚痴言いたい…



亀田
試合内容よりもその前と後のパフォーマンスの方が面白いという亀田のボクシングですけども、ついに試合の方が面白いという時が来ましたねぇ。

この判定を5大紙とか信用あるマスコミが“微妙な”判定って書いてたんだけど、今後は“微妙”っていう言葉のニュアンスが変わってきますね。
たとえば、
「あいつの嫁はん、正直“微妙”やで」

これ、今は“ちょっとブサイク”ですけども…今後もマスコミがこの表現を使い続けると、完全に“ブサイク”へと変わっていきますね。言葉の乱れに厳しいマルメンライトからしますと、ちょっと注意を喚起したいところです。いんちきはいんちきって言わないといけない。相手が政府公共機関なら、「詐欺」とまで言うのに!



マスコミ大嫌い
でもそのことに愚痴くらいは出るけども、「理不尽だ」と嘆いてるばかりのような人間は、社会に必要とされません。ていうか、そんな社会人いません。いつだって全力を尽くすのみなんですよ。

でもそこから先が能力次第なんだよなぁ。若い頃にもっと鍛えておけばよかった。主に、頭を。

引退・ドットネット

cut276.jpg

夢見ました。
シエスタがあの人のような引退宣言をしていました。




“人生とは鉄であり、鉄とは人生である”


僕が「冶金学」を学び始めてから、およそ11年の月日がたった。
幹部育成校のあるジパング社長邸の片隅で、その旅は始まった。

あの頃は鉄を錬ることに夢中になり
一心に理想の鋼質だけを目指した。
鉄はどんなときも僕の心の中心にあった。
鉄は本当に多くのものを授けてくれた。
喜び、悲しみ、火傷、そしてサビの匂いを与えてくれた。

火研に配属されてからこの新型火砲作りを最後に
約10年間学んだ冶金学から引退しようと決めていた。

何か特別な出来事があったからではない。その理由もひとつではない。
今言えることは、冶金学という旅から卒業し“新たな自分”探しの旅に出たい。
そう思ったからだった。

主任研究員になって以来、「火砲、好きですか?」と問われても
「好きだよ」とは素直に言えない自分がいた。
責任を負って研究することの尊さに、大きな感動を覚えながらも
子供のころに持っていた鉄作りに対する瑞々しい感情は失われていった。


けれど人気投票の結果一位となり、
むすっとしてるとか、照れてるのがカワイイとか言われる声を全て聞いて、
僕が伝えたかった何か、マルメンサイトのマンガに必要だと思った何か、
それをたくさんの人が理解してくれたんだと知った。
それが分かった今、主人公になってからの僕の“姿勢”は
間違っていなかったと自信を持って言える。

最後にこれだけは伝えたい。

これまで研究し続けてきた“鉄作り”は、
これからも僕の人生の基盤になるだろうし、自信になると思う。
でもこれは、みんなからの“声”があったからこそ
守ることが出来たものだと思う。

みんなの声を胸に、誇りを失わずに生きていく。


これまで一緒に活躍してきたすべてのキャラクター、関わってきてくれたすべての人々、
そして最後まで信じ応援し続けてきてくれたみんなに、心の底から一言を。

“ありがとう”




あ、なんか可哀想…。
あくまでネタですんで(笑)