雑記

親愛なる○○に捧げる

水・カンパン・ラジオ!

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落雷でけっこう長い停電がありました。電気の力に支えられながら、ジョイフルに生きてるんだなぁ。

日曜朝から大阪南部は大雨で、どこにもいけないしマンガ描いてました。ペースとしてはなかなか順調でしたが、午後2時半に大落雷がありまして、絵のような状況に。今ブログ描いてるとおりPCそのものは無事でしたが、描きかけてたマンガが~…(ToT)

ここんとこFF12だの人事異動の引継ぎだので忙しく、昨日も仕事、そういうスケジュールの中でデータ喪失はきっついですよ~。


それから夜6時、日の沈む間際まで停電が続きました。ほんの4時間ほどなんですけど、電気がないとなんにも出来ないんですね、我々は。PCがつかない、電灯がつかない、こうなるとマンガ描けないです、雨だし、部屋が暗くて。で、電子ジャーポットがないとコーヒー飲めない。電話もデジタルだから、被害状況確認しようと思っても通じない。(ここは携帯電話が威力を発揮)
他にも、炊飯器・電磁調理器が使えないので晩御飯間に合わない。テレビが見れない…ここは私はラジオ好きなんでよかったです。しかしまあ、自然の生活ってやつの厳しさと、電気があることそのものの、なんていうか、人間の営みの雄大さですよ。スローライフは電気のあるところでやりたいもんです。

とにかく外はまだまだ大雨で、暗くてすることないんで2時間くらい半身浴しました。ガスは点くんで。でも風呂も暗くて、普段は本を持って入浴するんですがそれが出来ない。それでローソクを持ってきて、ゆらめく火で変なムードをかもしつつ半身浴。

風呂から出ると、雨がやんでて外が騒がしくなってきました。なんかオバハンどもが「うちはどう」「うちはこう」と苦労自慢してます。みんな暇なんですね。テレビ見れないもんね。修理してるのが見えたんで、写真とってみました。

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そうそう、最近あたらしいデジカメ買いまして、広角レンズの新しいLUMIX。浜崎あゆみのやつ。これ。
私の部屋の窓から撮りました。赤い丸は岸和田城です。桜が咲いてて、なんていうか、いいシーズンです。こんな日に停電なんてね。

ファンタジーなウエポン

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「日本の銃」って言う番組で、日本軍の銃が外国の評論家にメチャクチャこきおろされてまして、それがまた理にかなってるもんだから「チクショー、悔しい!」と思いながらも実に面白かった。

火砲について、銃も含めて色々見てきたんで、「火砲」という技術が実に合理的・科学的思考のもとに発展してきたことを学びました。存在自体が毛嫌いされることも多い「火砲」ですが、少なくともそこには優れた科学があって、世界で最初のコンピューターというものは「火砲」のために生まれた、これって常識ですよね?

そうそう、“Computer”の翻訳に「電子計算機」とつけた日本人のことを、あの中国があざ笑って「電脳」こそが正しい、日本人は理解力も英語力も足りない、などとほざいてるそうなんですけど、コンピューターは生まれた時はカシオの電卓より能力低かったんで、「電子計算機」で良かったんですよ。それがここまで来るとは当時誰も予測してなかったわけで、そのころコンピューターを訳すほどの国力が無く、当地生まれの漢字での翻訳を逆輸入しといて偉そうに言うなよな、と雑誌のコラムで技術語翻訳者が仰ってました。

というわけで日本人は頑張って技術を導入していくわけですけど、技術の最先端であった戦争兵器になってくると、おかしなところがいくつも出てくるようです。それは技術的欠陥というよりも、思考法とか文化の違いみたいなのが現れてて、そこには人の営みを想像しうる面白さがあると思います。


例えば絵の九六式軽機関銃なんですけど、30発装填できるマガジン(弾倉)にはカウンターが付いていて、残弾数を計算できる仕組みになっています。このことを、外人の砲学者がバカにしてたんです。そもそも大量に弾丸をばら撒いて「弾幕」というものを作る役目をもつ「機関銃」という砲種において、忙しい戦闘中に残弾数を確認する意味が分からん、と。無くなったら足せばいいだろ。この銃は連射して砲身が過熱してきた時のため、砲身に取っ手がついています。スペアの砲身にすぐ着脱できる。そこも矛盾してますね(笑)

それから、この軽機関銃には日本刀風の銃剣が付けられるようにアタッチメントが付いています。「日本軍の銃に一様に見られる、特色あるデザインである」と、遠まわしにバカにされてました。これもたしかに、総重量10kg超の機関銃を振り回して突撃するより、普通の銃剣や軍刀やらで突撃するほうがスピードがあって良いですよね。ていうか、2次大戦まで来て銃剣突撃ってのも無いですよ。弾丸が切れて戦えなくなったら、さっさと撤退したり降伏したりするべきで、命を大事にしましょうや。


この2点の技術は、技術者の兵器開発と、前線兵士の兵器開発の悪いところが如実に出てると思います。

技術開発者は技術優先で兵器を最適化しようとする。当時の日本は、生産能力が低かったんで、ものすごく弾丸を大事に戦ってたんです。弾丸をばら撒く兵器を作っておきながら、弾丸の生産力が足りなかったんで、機関銃でさえ一発必中が心がけられてました。カウンターつけて弾丸消費が抑えられるかもしれない、だから装着する。

また、前線兵士は正面攻撃にこだわって兵器を最適化しようとする。銃剣なんてその最たるもので、機関銃は補給を受けつつ防御する戦いで有効だと思うんだけど、10kgの銃剣抱えてでも突撃するという精神がないと、戦場は恐ろしくて戦えない。だから、銃剣は装着する。

どっちもファンタジーなんですよ(笑)
実際に射撃中の兵士がカウンター見ることもないし、重い銃剣で突撃することもないでしょう。だけど、双方の思いの結果として、この2つの機能があったんだとすれば、その精神活動は笑うべきものじゃないと思いました。