雑記

親愛なる○○に捧げる

大学時代の友人Nにばったり会う

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跳ね橋の休憩所。

帰り道、なんば駅のホームで大学時代の友人Nに会いました。一年ぶりくらいで、ちょうど私は散髪に大失敗してて自信がなく、トボトボ歩いてたんですけどね。私は何かにかけて自信を失いがちな性分です。(笑)

なんばシティーで7万のコートを4万に値切って買ったうんぬん言ってたんですけど、平日に一日遊んでたとは、職業多種とはいえ妙な商売やってるやつです。この日、髪に自信ないんで、早く帰りたかったんですけどね。まあ久しぶりなんで、10分ほど歓談して、新年会は知らない間に流れたけど、またレンタカー借りて旅行しようぜ、お互い段取りするのは面倒だけど、というなんとも投げやりな計画をぶちあげあいました。


彼は私が「マンガ」なんぞやってることを知る数少ない一人です。「最近、なにやってるん?」と聞かれて、「懲りずにマンガ描いてるよ」と気兼ねなく言えるのはめったに無い機会なのです。そういえば私がラッキーストライクを思いついたのは、私が成人式の頃だったんで、かれこれで6年になる計算か。

で、私が天下の往来で「マンガ描いてるよ」発言のあとですが、続けてNが「お前もオナニーが好きやなぁ」という発言がありました。

これ、大学時代にもあった発言で、私にかけられた心無い言葉の中でもかな~り上位に入ってる一言なんですけどね。(笑)
ブログ見てもおおかたが「自虐ネタ」というチョイスから分かるとおり、自信無くしがちという性分も含めて、自分はMの性癖が隠れてるのかと疑わしくなりますね。

しかしこの言葉、今回はあまり響かなかったんですわ。

彼の言う「オナニー」が何かというと、自分の欲求を満たして自分だけが気持ちよくなることだと思うんですよ。そのことを言われて昔はムッとしたんだけど、確かに多かれ少なかれ創作はそういう一面を持っていると思う。100人が見て100人が満足するものなんて無い。むしろ、自分だけが満足してるもののほうがずっと多い。自分ひとり、自己満足…それは恥ずかしいことか?恥ずかしいですよ、そりゃ。だから、私は同好の士や信頼できる人以外には隠してるんです。言い得て妙なんですよ。実際。

しかし、誰か一人でも心底から揺さぶるようなものが出来たら、揺さぶられた側はそれをオナニーとは言いません。そのときはじめて作品と呼んでくれるだろうと思います。そして、揺さぶられた友人を知る友人の友人は、多分感動してる人に気兼ねして一応「…作品かな?」と思うんじゃありませんかね(笑) その連鎖さえ若干広まれば良いんだから、誰もができるだけ影響力のある人に認めさせたいわけですよ。それで良いじゃないですか。

私はまだそんな作品を作れてない。だから頑張ります。一応マンガを道楽として、成し遂げようという覚悟は出来ました。努力し、幸運もあって、かなり腰入れて取り組める環境を整えました。私は正直この為だけに今の仕事選んでます。残念ながら予想以上に才能が無かったですが、ともかくあとはやるだけです。

今回、とくにこの言葉に響かなかったのは、単に私が恥知らずになってきただけかも知れず、ならば私はこの感性の鈍化にむしろ響くのです。若い人は、オナニーと創作について、やはり当然、狭間でゆれるべきです。徹底的な現実主義者など、漫画描きとして3流以下でしょう。